婚活資本主義のオンナ考

あるサイト(http://allabout.co.jp/relationship/wedding/closeup/CU20080607A/)に、「プロポーズできない男たち」という調査報告についてのレポートがある。

調査は、20・30代の未婚男女300名を対象にインターネットによる「プロポーズに関する意識調査」。「プロポーズできない男性が増えていると思うか?」という問いに、男性の75.3%、女性の80.0%が「増えていると思う」と答えたというものだ。

その理由としてあげられている、男性で最も多い回答が「経済的に問題があるから」(49.3%)、女性で最も多いのが「結婚する気がないから」(58.0%)というもの。男性の場合、「主導権が男性にないから」(40.0%)という答えも多く占められているという。

著者の粂美奈子氏は、それをもって「このアンケートから垣間見えるのは男性の気弱さ」と断罪。一応、文中では、女性に対しても、「彼の背中を押してあげればいいのではないでしょうか?」と書いてはいるものの、結局最後は、「しかし、ここまでしてあげなくちゃプロポーズできない男って、一体……」などと、「男性が悪い論」で結んでいる。

私は以前から、こういう「勘違い女性」におもねるような分析を全く支持していない。

そもそも結婚は両性の合意なのだから、女性から結婚を申し入れるのは、決して「ここまでしてあげなくちゃ」などというようなたいそうなことではない。

それほど男性に「主導権」を押しつけるのなら、戦前のように「第二の性」として男性に傅くのかというと、決してそうではない。

一方で女性の解放を謳いながら、その一方では何でも男がリードすべし、という「男性社会」の因習を都合良く残した婚活観は、やはりおかしいだろう。

よくこんなことが書けると思う。

男性が経済的なことを考えるのは、将来の生活設計に責任を持つからであり、むしろ誠実さ、堅実さのあらわれと見ることもできる。「俺についてこい」と威勢ばかり良くても、ホラ吹きや破滅型では困るだろう。

それが理由で男性がプロポーズを言い出しにくいようだと感じたら、女性からも将来の生活の作り方を提案すればいいだけである。

どういう意図があろうが、それをしない女性だって、「プロポーズできない男たち」と同じ穴のムジナではないか。 婚活ってそういうものだろう。

私は以前、結婚相談所関係の仕事をしたことがある。そこで感じた「女性が結婚できない理由」は、学歴や経済力に関するこだわりが強すぎることと、もうひとつは「ずるい」ことだった。

結婚相談所というのはいわば見合い斡旋所だから、女性会員が「釣書」を気にするのは当然だが、問題は後者である。どういうことか。

「プロポーズできない」のは、両者の本気のコミュニケーションが足りないからだった。「もしかしたら、今後もっといい相手と知り合えるかも知れない」という青い鳥症候群のスケベ心や、もしくは結婚後の主導権に対する駆け引きが両者の心の底にあるから、自分が提案者になって自分の責任にしたくないのである。ひらたくいえば、「あなたが結婚してと言ったから私は結婚した」ということにしたいのである。だから、成婚できない責任は両者ともにあると思った。

このずるさは、今回のアンケートに出てくるような一般のカップルにもあてはまるのではないか。

だから、冒頭のアンケートは、男性の回答も綺麗事という気がする。その意味で、「プロポーズできない男」に対して批判すべきものは確かにある。しかし、女性のずるさを全く免罪して、男性だけに責任論を振りかざしても、「結婚したい」独身女性に対しては根本的な解決にならないと私は思う。

人生は自らの価値観で自覚的に生きる。人生の大事な局面をひとのせいにするようではいけない。そうした自律の精神は男性であれ女性であれ同じではないだろうか。

 


 
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